京子ちゃんとハルをそれぞれ家に送り届けて。
 さあ、急いで帰ろう。
 (真っ暗だし。一人だし。ちょっと怖いし)

 小走りになりながら、通りかかった公園。
 数日前お花見をした(ついでに死ぬ気バトルもした、)その場所。
 街灯にてらされた花が、そのときとはまた違う、美しさを持った色で、思わず見ほれてしまう。

 (・・・ん?)

 今、何か気になるものが見えた気がする。
 違和感を感じたその方向へと足を向ける。
 地面に黒い塊があった。
 (しかも結構大きい)
 その黒い塊は横たわった人影で。
 しかもよく見れば知り合いだった。
 知り合いと言うか。
 自分の通う中学、並盛中の秩序、恐怖の存在、ヒバリさん、だった。

 何であんなところにいるのだろう。
 横になっているわけは分かる。
 数日前にかけられたあの病により今彼のいる場所、桜の木の下などでは立っていられないのだろう。
 あの、ヒバリさんが戦ってる途中で膝を地に付かざるをえなくするような、そんな病なのだ。
 Dr.シャマルも伊達に殺し屋をやっていない。トライデント・モスキート。すさまじい威力だ。

 なのに何故。
 ヒバリさんはその忌まわしいはずの桜の下なんかにいるのだろう。
 桜にさえ近づかなければあの病は発症しないのだ。
 何故わざわざ不快感を感じるであろう桜の下に、症状の現れる桜の下に、彼は居るのだろう。
 地面に四肢を投げ出して、ぐったりとしている。
 しかし、その表情は幸せそうな微笑を浮かべているから苦しくはないのだろうけれど。
 (いつもは何処となく怖いその微笑も、いまはそんな風には感じられない)

 全く。彼はどれだけこの薄桃色の花のことが好きだというのだろう。
 あんな病に罹ってなお、それをおしてこの木の下に居たがるのだから。
 なんとなく、近づきたくなって、足音を潜めつつそちらへ向かう。

 ぱき、り。

 あ。

 ぴく、と身じろいで、彼らしくない少し緩慢な動きでこちらを向く。
 足元の小枝に気がつかないなんて。だから俺はダメツナって言われるんだよ、
 俺の姿を認めたヒバリさんが目つきを鋭くして、力任せに上半身を起こす。
 そして、く、と足に力を込めたようだけれど。
 数日前よりも長く桜に侵されていたせいか、うまく力が入らないようで。
 苛立たしげに舌打ちをして、木の幹にもたれかかる。
 ふ、と身体の力を抜いて、こちらに目を向けてくれた。
 目の鋭さは増す一方だけれど。
 「何、」
 「わ、え、えっと、すみません!」
 とりあえず背筋を正して謝る俺。
 「すみませんじゃない、僕は何の用って聞いてるんだ、」
 「い、いえあのっ、ただ通りすがっただけです!」
 無駄に手をばたばたさせながらも、何とか釈明する。
 ヒバリさんは納得したのか、ふうん、と言った。

 もう、俺のことなんか完全に無視して、また、桜に目を移す。
 舞い落ちていくピンクの小さな花弁と、
 それを愛しむように目を細めて見ているヒバリさんと。
 あまりにも現実感がない。一枚、幕がかかっているような。幻のような、目の前の光景。
 ・・・綺麗、かも。
 桜だけじゃなくて、ヒバリさんもひっくるめて、綺麗だと思った。
 男の人を綺麗だと思ったのなんか初めてだけど、そう、思った。

 「ねえ」
 「え、あっ、すいません!なんですか?」
 謝る必要があるのかは分からないが、もうこれは反射だ。つい、謝罪を述べてから用件を訊ねる。
 「赤ん坊は居ないの?」
 赤ん坊、リボーン。ヒバリさんはリボーンが好き。強いから。
 断片的に頭の中に言葉が浮かんできて、(関係ないことだ)頭の隅に追いやって返事をする。
 「はい、あいつなら家に居ますよ」
 会いに来ますか、そう言いそうになって、踏みとどまる。
 心のどこかで家に来てほしいとは思った。
 (変だ、俺、ヒバリさんのこと怖いと思ってたのに)
 でも、この光景を壊したくないとも思った。
 そう、といって腕で膝を抱えたヒバリさんはとても残念そうに見えて妙に申し訳ない気持ちになる。

 「隣に座ってもいいですか」
 聞けば、
 「公園は広いよ」
 分かりやすく、群れてくるなオーラを放たれる。
 「ここがいいんです」
 もう殴られる覚悟でヒバリさんの隣に、一応人一人分の隙間を開けて座る。
 許容範囲だったのか、面倒だったのか、それとも身体が動かないのか。
 理由は分からないが殴られることも、追いやられることもなかった。

 そのまま、しばらく黙ったままヒバリさんは桜を見ていて。
 俺がそもそもなんでヒバリさんの横に座ってるのかだんだん分からなくなってきた頃。

 「君は、」
 ヒバリさんが俺のほうを向いて呼びかけていることに気が付いた。
 「君は強かったり弱かったりしているけど、結局、強いのかい、君は。それとも、」
 す、っとヒバリさんの目が細く鋭くなって、
 「弱いの?」
 怖い。ひぃっと声を出すとヒバリさんはその声が不快なのだと言い捨てる。
 「君は草食動物のくせに僕に勝っただろ、」
 「いえっ!俺が強いわけじゃなくて、えっと、あれ、でもアレは俺の力なわけだけど、死ぬ気弾が無いと駄目だから俺だけの力ってわけじゃなくて、」
 自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。
 ヒバリさんも、訳が分からなくなってきたのだろうか、もういい。そう言って。
 「今度赤ん坊に聞くからいいよ。君の説明じゃ全く意味が分からない」
 「・・・そうですよね・・・」
 頭が良くなりたいなあと、思った。
 「それまでは見逃しておいてあげるよ、沢田綱吉」
 名前を呼ばれて、(覚えられている。教えた記憶なんかないのに・・・)
 くっ、と片方だけ口角をあげた笑い方が、似合う、と思った。
 何を考えてるんだろう、俺は。直後そう思った。



 ヒバリさんは、また桜を見ていた。
 俺も、同じように桜を見ていた。



 幸せだ、と思った。