彼女の家の周りには紫陽花がたくさん咲いていた。
彼女の家の庭にも、たくさん、咲いていた。
彼女は、その、雨の時期に咲く、花を好いていて、自宅のそれを、綺麗に手入れしていた。
念入りに、手入れしているからか、長く傍で眺めてでもいるのか、雨の時期の彼女は、淡い、紫陽花の香りがした。
彼女に会わなくなって。
でも、隣から紫陽花の香りがする気がして。
僕はずっと彼女のことばかり考えていた。
たくさんの日が過ぎて、それでも、考え続けていた。
あれ、僕はこんなに弱かっただろうか。草食動物になったみたいだ、ぽろぽろ涙がこぼれて。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
枯れて、零れなくなるまで、僕はただ、ただ、泣いていた。
あの頃、好きあっていた頃、雨の季節が廻ってきて。
雨が、急にざあと降って。
僕はいつも応接室に傘を一つ置いているからそれがあったけれど、彼女は無くて。
帰る場所は違うのに、あの角から、別の道なのに、傘は一つきりで。
僕は、僕が濡れたくないって言うそれだけであの角でサヨナラして。
そのまま家に帰るために角を曲がって。
彼女は、雨の降っている中を帰ったのだろう。そして、今まで傘に入っていたことが意味を成さなくなる位濡れたのだろう、か。走って、帰ったのだろうか。
今はもう、確認の術なんて無い。
再会の日、
短く切り落とされている、長かったはずの彼女の髪。
斜め分けのロングヘアだったはずの彼女。
いつの間に切り落として。
真ん中分けのショートヘアにしたのだろう。
綺麗な色をしていたあの右目を、彼女はいつの間に失くしたというのだろう。
あの、冷たかった家庭からいつの間に抜け出して暖かな仲間と笑いあっているんだろう。
(僕が救ってあげたいと思っていたのに!)
僕の知らない彼女に出会うたびに。
そのたびに襲われる、後悔。
綺麗な笑顔を浮かべる彼女の隣で、僕は上手く笑うことが出来ない。
一年。
どうして一緒にいられなかったんだろう。
どうして一緒にいようとしなかったんだろう。
どうしてもっと彼女を大切にしなかったんだろう。
いくらしても足りない後悔、後悔、後悔。
別れるときに、じゃあ、と言った僕に、またね、そう言って手を振る彼女の後ろから、クローム、呼び声。
ぱっと振り返る彼女。骸様、嬉しそうな声。またね、振り返って、もう一度そう僕に言って、呼び声のもとへ、骸というらしい男のもとへ駆けて行く。
彼女の名前はクロームなんて名前じゃなかったのに。クロームなんて、僕の知らない名前。あんな嬉しそうな声、僕の知らない、知らないもの、で。
一年。
どうして僕は彼女の傍に居ようとしなかったんだろう。
たくさんの、紫陽花の花が埋め尽くしたこの道の、角を曲がってもう少し。
そこにある、君の家。
紫陽花のたくさん咲いている、君の家。
たった少ししかないのに。ほんの何軒か先なのに。
たったそれだけの距離を、僕は進むことが出来なくて。
ああ、なんて遠い。遠い、距離。
凪、
名前だってもう呼べない気がした。
(そしてそれはきっと真実だ、)
「悠遠 / 二人を隔てるのは時間か距離か、それとも」
お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。
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シ ド「紫 陽 花」を基にしています、
一応歌詞そのまんまの場所は無い(ハズ!)なのですが、いや、これは著作権法に触れてるぜって部分にお気づきの方はお手数ですが一報ください・・・!!